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HNは「ゆうこ」。極度の甘えん坊、わがまま、寂しがり。心と身体の穴を埋めてくれる男がいないと生きていけない。現在は幸い、 お気に入りブログ
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2005年 09月 22日
2005年 09月 21日
[2004年3月]
サクラのアルバイトから足を洗い、人様に堂々と言える仕事を始める。 パソコンの前にいる時間が減ったので、必然的にチャットもしなくなり、見ず知らずの男に会いに行くことも無くなる。 こうして、いくつかの依存に別れを告げた。 2005年 09月 21日
[2003年12月]
Kさんと会うことになった。 Yahoo!チャットの常連。埼玉在住の29歳だった。 ある晩いつものようにチャットをしていて、急にグラタンが食べたくなったので、ログインしていたKさんに「グラタンを奢ってくれ」とお願いしてみた。たまたま暇だったKさんは、車でこちらまで来てグラタンを奢ってくれると言う。わたしの家の近所の、国道沿いのデニーズで待ち合わせをする。 Kさんは、数週間前に見せてもらっていた写真そのままの人で、初対面の気がしなかった。わざわざ来てもらったお礼に、家にあったお菓子などを渡し、お互い普段何をしているかを話しながら食事をした。グラタンのついでにクリームソーダも注文した。 そんな調子で、非常にアットホームな1時間半を過ごし、店を出た。 Kさんからは、今でもたまに連絡が来る。 2005年 09月 21日
[2003年10月]
Kと会うことになった。 Yahoo!チャットで知り合った、24歳の若社長。既婚で、高校生の彼女がいるらしい。 色々と景気の良い話をするものだから、本当かどうか確かめたくなり、バイト帰りに会ってみることにした。この時、以前とは別の出会い系サイトでサクラをしており、その事務所が桜木町だったため、横浜で待ち合わせをした。 お気に入りの中華料理屋さんで、ビールを飲みながら話をする。 実際、社長の器を備えていることは、話し方や雰囲気から分かった。見た目は少し趣味が悪かった。キラキラ光るアクセサリーに、アルマーニのスーツ。一緒に居て、かなり不釣り合いだったと思う。 店を出てから、わたしは買い物の用事があったため、駅前で別れた。Kは都内の自宅にタクシーで帰って行った。 その後、特に連絡はしていない。 2005年 09月 20日
[2003年9月]
Tさんと会うことになった。 と言っても、彼はバイト仲間の26歳。見た目が好みだという理由で、以前からずっと気になっていた人だった。 この時にはもう、わたしはTさんと同じ仕事場には居なかったので、たまたま誘われた飲み会で久しぶりに会った感じだった。 その飲み会で終電をわざと逃し、Tさんの部屋に押しかけた。 ベッドの横に布団を敷き、最初は別々に寝ていたのだが、わたしが駄々をこねたので一緒に寝ることになった。 何気なく体を密着させ、Tさんに抱きつく。ところが、いつもの手口がTさんには通じない。キスを拒まれた。勃ってはいるのだが、つい最近別れた彼女のことが忘れられず、気持ちがその気にならないらしい。こちらに彼氏がいることも引っかかるようだ。 何を女々しいことを言っているんだろう。男らしく腹を決めればいいのに。 そう思いながら、何とか導火線に火をつけるために悪戦苦闘した。 甘い言葉を連発したり、「襲っちゃいますよ」と脅したり、泣いてみたり、抱きついて離れなかったり。あの手この手で迫った。しかし、とうとう朝になってもTさんが応じることはなかった。女のプライドを挫かれ、悔しかった。 このままでは引き下がれない。一週間後、リベンジすべく再び会う約束を取り付ける。 新宿で待ち合わせをし、センタービルの近くでお酒を飲む。 今回もまた、前回と同じ寸法で終電を逃そうと思ったのだが、Tさんがそうはさせなかった。駅の入口で、帰る帰らないの押し問答。ここで負けたら終わりだと思い、ふてくされてこう言った。 「帰るなら一人で帰ってください。わたしは適当に一晩明かしますから」 たちが悪いと自分でも分かっていたのだが、その一言で部屋に連れて行ってもらえることになった。 電車の中でTさんは口を利いてくれなかった。気まずい空気の中、おそるおそるTさんの方を見ると、わざとらしく別れた彼女にメールをしていた。 部屋に到着しても、話をしたのは二言三言だけだった気がする。Tさんはわたしに全く構わず、パソコンでDVDを見ていた。 こんなことなら来なければ良かった。そう思っても、取り返しがつかなかった。 ほとんど寝ずに始発を待って、早朝にこっそり部屋を出た。駅のホームで、お詫びのメールをしておいた。 帰り道、もう二度とTさんには会うまいと決めた。 決めたのだが、その一年後にかつてのバイト仲間から飲みに誘われ、そこで会ってしまった。ただし、一言も話さなかった。 これからもTさんと話すことはないだろうと思う。セックスをさせてくれない限りは。 2005年 09月 19日
[2003年3月]
ネットオークションを利用し始める。 落札・出品のメールのやりとりで、敬語の使い方を覚える。 大学を卒業していながら就職もせず、ろくでもないバイトしかしてこなかったので、それまで敬語を知らなかったのも当然だった。 2005年 09月 17日
[2002年12月]
Aさんと会うことになった。 千葉在住の、確か45歳ぐらいだったと思う。 出会い系サイトのお客様。80万円ほど入金をしてくれていて、Sさん同様お得意様だった。 アパレル関係の仕事をしているらしく、いつもメールで「サンプルのコートをあげるよ」なんていう太っ腹な話をしていたので、バイトのU子さんという人が試しに会いに行ってみたところ、丸井で洋服を3着買ってもらったとのこと。それを聞いては、自分も行かないわけにはいかない。素人のふりをしてメールし、待ち合わせの約束を取り付ける。 海浜幕張の駅前で、Aさんと対面する。ごく普通の40代だった。 アウトレットモールにあるトランスコンチネンツで、フェイクムートンのコートとカットソーを事務的に買ってもらった。 その後、お寿司を奢ってもらいながら「彼氏とうまく行っていない」という嘘の相談をした。サクラの手口としては「うまく行っていないから、浮気しちゃう」といった方向に進む予定だったのだが、Aさんは真っ当なアドバイスをしてくれて、親戚のおじさんみたいだった。 その後は、特に連絡もしていない。向こうからも来なかった。 買ってもらったコートはしばらく着ていたが、デザインが男っぽいので、今はSが愛用している。 2005年 09月 16日
[2002年8月]
Sさんと会うことになった。 群馬在住の26歳。 出会い系サイトのお客様で、100万円近く入金をしてくれていたのだが、その割にメールの内容はたわいの無いことばかり。バイトの間では「一体どんな人なんだろう」という話題が絶えなかった。そこで、素人のふりをして会いに行ってみることにした。 待ち合わせ場所は伊勢崎駅。池袋から埼京線に乗り伊勢崎を目指すという、ちょっとした小旅行だった。陰から見守る護衛役として、Sも一緒に付いてきてくれた。 駅の待合室でSさんと対面。ずんぐりむっくりの体型で、はにかみ屋だった。 電車で高崎に移動し、昼食にパスタを食べ、カラオケに行った。DA PUMPを熱唱するSさん。その後、バイト仲間に見せるためのプリクラも撮った。 帰り際「熊谷あたりまでなら車で送るよ」と言われたが、Sが居るので断り、電車に乗り込んだ。電車の中でSと合流。 人畜無害の優しい青年を少し哀れに思いながら、家路についた。 その後「Sさんを東京に呼んでバイトのみんなと一緒に飲み会をしよう」という企画が持ち上がったが、実現する前にSさんとの連絡は途絶えてしまった。 2005年 09月 15日
[2002年4月]
Mさんと会うことになった。 Yahoo!チャットによく来る人で、28歳くらいだったと思う。 サクラの夜勤は、午前3時から6時までの間が極端に暇だったので、その時間帯にチャットでMさんと話し、乗りで「朝マックしよう」という可笑しな約束をした。 確かその朝、一斉送信で「朝ファックしよう」というタイトルのメールをばら撒いた記憶がある。 バイトが終わる朝9時頃に、歌舞伎町のマックで会った。 Mさんはモデルガンが好きで、専門の雑誌を持ち歩いていた。趣味の話やら高校生の彼女の話をして、昼前には店を出た。 帰りに「ホテルぐらいなら付き合いますよ」と冗談っぽく言われたので、「今日は遠慮しとくわ」と軽く返した。いくら何でも朝からはきつい。 その後一度だけOFF会に来ているMさんを見たが、M子さんという50歳近い熟女に気に入られ、無理矢理ホテルに連行されるという可哀想な目に遭っていた。 2005年 09月 15日
[2002年2月]
Yahoo!チャットのOFF会に、頻繁に参加するようになる。 常連のメンバーが、多いときには20人以上集まった。 アダルトルームのOFF会だけに、飲み屋で下半身を露出する男がいたり、カラオケボックスで淫行をする奴らがいたりと、やや過激な出来事があったが、だいたい普通の飲み会と同じようなものだった。下半身露出は毎回のことだったので、すっかり慣れた。 以前会ったT君やSさんとも、たびたびそこで顔を合わせる。 A君は、彼女に浮気がばれてチャットをやめたらしい。 K君はちょうどこの頃に、やはり常連のI子と付き合い始めた。 気の合うメンバーを集めて、少人数で遊ぶこともあった。特に、K君とI子とSとわたしの組み合わせが多かった。四人で海へ行ったり温泉へ行ったりと、今でもよく遊んでいる。
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